










例えば、息子にそろそろゲームを止めるように言いに行ったお父さんが、息子と一緒にゲームに夢中になっていた。例えば、意見を変えるよう説得に行ったのに、反対に説得されて相手と同意見になってしまった。そんな時にこのことわざを使います。

比如說,去勸說兒子差不多該停止遊戲的父親,和兒子一起沉迷於遊戲。 比如說,我去勸說他改變意見,但他卻被反對說服,結果和對方意見相同。 這種時候會使用這句諺語。

※迷子を探しに行ったのに、今度はあいつが迷子になっている。ミイラ取りがミイラになるとはこのことだ。
※タバコの危険性を訴えていた彼が、今では毎日吸っている。ミイラ取りがミイラになるなんて。
※相手の政党から逆に説得されてしまう可能性もある。ミイラ取りがミイラにならないといいのだが…。
※大型バイクは危ないからやめるようにと言っていたくせに、今では彼も大型バイクに乗っている。ミイラ取りがミイラになった。
※部長を探しに行った彼までいなくなった。これこそ、「ミイラ取りがミイラになる」だ。

※明明去尋找迷路的孩子,這次那傢伙卻迷路了。 去找木乃伊的人自己也變成木乃伊。
※他曾訴說吸烟的危險性,但現在每天都在吸烟。 去找木乃伊的人自己也變成木乃伊。
※也有可能被對方政黨反過來說服。去找木乃伊的人自己也變成木乃伊…。
※他明明說過重機很危險所以不要騎了,但現在他自己也騎著重機。去找木乃伊的人自己也變成木乃伊。
※連去找部長的他都不在了。這就是所謂的「去找木乃伊的人自己也變成木乃伊」。